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2020年度 フィールドワーク
「Meeting アラスミ!」2年目となる2020年度の活動のメイントピックは、隅田川流域の3区(足立区、墨田区、台東区)の文化資源をリサーチする「フィールドワーク」。各区の職員と学生、一般公募で集まった受講生らがともに半年間のリサーチを行った。
受講生は7グループに分かれ、足立区・墨田区・台東区のアートプロジェクトや文化施設についてフィールドワークを実施。行政関係者だけでなく、アートマネジャーやプロデューサー、アーティストなど、さまざまなステークホルダーにインタビューを行ってきた。
それぞれのフィールドワークの成果は、2020年度の中間発表(2020年12月1日)と最終発表(2021年1月23日)で発表している。中間発表では講師の熊倉純子氏(東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科 教授)と全体モデレーターの森隆一郎氏によるフィードバックを受けて、内容をブラッシュアップ。翌月の最終発表では、受講生から報告発表を受けたゲスト講師の吉本光宏氏が「新しい文化政策」の意義について総括を行った。
フィールドワーク発表内容
中間発表ではオンラインミーティングツール「zoom」を介した全面オンラインで受講生たちがプレゼンテーションを行った。行政とアーティストの関係性に着目したグループもあれば、アートプロジェクトをとりまくネットワークの可能性、アートプロジェクトと文化施設の連携、行政の芸術文化支援制度、文化サロンがうみだす新たな価値、アーティストの拠点であるシェアアトリエの変遷などに目を向けたグループもあり、行政と市民だけでなく、行政区の境界を超えた「新しい文化政策」を模索するための、多彩な話題が飛び出した。講師の熊倉純子や全体モデレーターの森隆一郎からフィードバックを受けた受講生たちは、発表内容をブラッシュアップして最終発表に挑む。翌月の最終発表は自治体担当者と学生が大学に集まり、一般受講生は「zoom」参加のハイブリッド形式で実施されている。グループメンバーは持ち回りで会場とオンライン上を行き来しながら発表。文化施設やスペースなどの「ハブ」としての機能や、アーティストと行政の「繋がり」のデザインモデル、文化政策の「評価」に対する新たな視点と可能性、行政区を越えた連携によるアートプロジェクトの持続可能性など、それぞれのグループがリサーチ結果から考察し、模索した「新しい文化政策」を提案した。最後に、「新しい文化政策」の構築をめざした行政との新たな関係性や連携方法、コミュニケーションの回路などについて思考を巡らせて報告発表を行っている。
※各グループ名は、メンバーとして参加した自治体職員の所属地域に則っている。(例:足立区職員が属するグループは「足立区A」)
足立区Aの調査:ポスト工務店BUGHAUS(墨田区)、 居間 theater × 地理人[今和泉隆行](台東区・墨田区)
墨田区や台東区で活動を行うアーティスト「居間 theater × 地理人[今和泉隆行]」と墨田区に拠点を持つクリエイティブ集団「ポスト工務店BUGHAUS」のリサーチを行った。2者は、台東区芸術文化支援制度や墨田区のアートプロジェクト「隅田川 森羅万象 隅に夢(通称:すみゆめ)」が実施する月1回の交流会「寄合」に参加するなど、行政によるアート支援制度を活用しているという共通点を持つ。それぞれのアーティストのヒアリングをもとに、現行の行政におけるアート支援策の有効性や課題を抽出。各区が運営する支援制度の現場や交流の場に行政職員も参加することで、行政とアーティストや現場との共通言語を模索できるのではないかと考察した。
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足立区Bの調査:TOPPING EAST(墨田区)
墨田区のまちなかを舞台に、音楽に関するさまざまなアートプロジェクトを運営企画するNPO法人「TOPPING EAST」を調査。「TOPPING EAST」の代表である清宮陵一氏とスタッフの宮﨑有里氏にインタビューを行い、両氏は地域性を活かしたプログラムづくりには企画者や参加者のつながりが不可欠であるというポイントを挙げた。企画の実施に際し、行政やローカルなネットワーク、企業といった多様なステークホルダーといかに接続していけるかという下準備を意識していることも明らかになった。「TOPPING EAST」のプロジェクトには1区の行政領域に収まらないものもあり、複数の区で一つのプロジェクトに取組むという新たなフェーズが隅田川流域で必要になってきているのではないかという提案がなされた。
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墨田区Aの調査:シェアアトリエ「大塚ビル」(台東区)
台東区のまちなかでアートプロジェクトを行った「大塚ビル」を取材した。「大塚ビル」とは、複数の若手アーティストが住むシェアハウス。「大塚ビル」に住むアーティストたちによるアートプロジェクト「ピエレットの婚礼」は、台東区の台東区芸術文化支援制度を活用して実施された。「大塚ビル」のメンバーは、企画準備にあたり台東区からの経済的支援や台東区アートアドバイザーからの助言を仰げるメリットに触れつつ、行政と作家の間を折衷し企画を着地させる難しさも語った。アーティスト目線に立ち調査するなかで、助成情報の周知や地域・行政・アーティストのニーズを取り込んだ支援メニューが不足していることを指摘。それらを充実させる役割が行政に求められていると喚起した。
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墨田区Bの調査:空想型芸術祭 Fiction (居間 theater × 地理人[今和泉隆行])(台東区・墨田区)
過去に台東区芸術文化支援制度を活用し、「空想型芸術祭fiction」という作品を制作した「居間 theater × 地理人[今和泉隆行]」を調査事例に選定。主には、墨田区の文化芸術支援制度である「すみゆめ」との違いや、支援制度を活用するアーティストの関心にフォーカスを当て、「地理人×居間theater」と台東区職員にインタビューを行った。台東区職員は、制度の特色として個別の数値目標は定めず、アーティストの育成が目的と強調した。支援制度を利用した「地理人×居間theater」は、制度を利用するアーティストとの横の繋がりができたことやアートアドバイザーのアドバイスが作品制作の大きな一助になったと振り返った。インタビューを受けて、事業目的にあわせた伴走方法の設定が支援制度には必要であるとまとめた。
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墨田区Cの調査:アートセンター「BUoY」(足立区)
足立区北千住に位置するアートセンター「BUoY(ブイ)」をリサーチ。「BUoY」は、元ボーリング場と銭湯という空間を改築し、劇場、展示室、カフェを備えた施設である。「BUoY」を運営する岸本佳子氏にインタビューを行い、施設運営で大事にしている点や必要な支援について伺った。また、「BUoY」と連携した企画を実施したことのある足立区生涯学習公社の遠田節氏にもインタビューを実施。民間施設に対する公的支援の可能性について意見を仰いだ。足立区で活動する2者のインタビューをふまえて、墨田区に求められる文化芸術活動や創造拠点について考察。拠点同士のアイデアを交換できる場や地域内外の人が混ざり合う場が必要ではないかと述べた。
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台東区Aの調査:千住の文化サロン「仲町の家」(足立区)
足立区が主催するアートプロジェクト「アートアクセスあだち 音まち千住の縁」が運営する文化サロン「仲町の家」に着目。区が運営する地域の文化拠点のあり方に関心を寄せた。「仲町の家」は、緑豊かな庭を持つ古い日本家屋で、通年アーティストや藝大生によるパイロット企画や地域団体の自主企画が実施されている。「仲町の家」のコンシェルジュ(仲町の家を管理し来場者の案内を行うスタッフ)である山本良子氏とレジデンス・アーティストの友政麻理子氏、足立区シティプロモーション課職員3名にインタビューを実施した。3者のインタビューを受けて、場に関わる人々の流動性や出来事の循環がまちの文化拠点の重要な要素であると考察した。
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台東区Bの調査:両国門天ホール(墨田区)
墨田区にある民間ホール「両国門天ホール」を調査した。調査にあたり、「両国門天ホール」の支配人である黒崎八重子氏にインタビューを行い、伝統文化や障碍者の理解を広げるためのホールとしてどのような工夫を行っているのかを伺った。また、「両国門天ホール」は、墨田区の「すみゆめ」に参加している。黒崎氏はその参加意図として、ホールを地域に開いていくために地域の他の活動を知り連携していくきっかけづくりとなっていることを述べた。黒崎氏のインタビューより、隅田川流域ではすみゆめの活動のように、助成事業だけでなく地域のネットワークを繋ぐ伴走型支援が一層求められているのではないかという結論に至った。
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総評
吉本光宏氏(ニッセイ基礎研究所 研究理事・芸術文化プロジェクト室長)は2020年度フィールドワークの総括的なコメントとして、足立区・墨田区・台東区ともに美術館や劇場などの文化拠点に行く手前の、何が生まれるのかわからないような表現の場(=文化生態系が育まれる場)があるとし、そのような場の重要性を感じたと述べた。
発表者の中には、墨田区向島地区で遊休不動産をアートプロジェクトなどの現場に転用している方がおり、それを受けて吉本氏は、アーツコミッションヨコハマの「芸術不動産リノベーション助成」などの取り組みを紹介しながら、地域の表現活動を促進させるために3区協働でフィルムコミッションのような形態の「アートプロジェクト・コミッション」を立ち上げて、場の情報をストックし、表現したい人と場をつなぐ役割を担うと、全国的にも例がなく注目もされるのではないかと提案し、コメントを締めくくった。
吉本光宏氏
東京大学教授の小林真理氏は、3区における官民さまざまな事例を受けて、「アラスミ・アーツカウンシル(仮称)」という3区に跨る中間支援組織の展望と課題についてコメント。3区と言う行政区また官民の垣根を越えて、流動的かつ柔軟な支援メニューを実行する中間支援組織の有効性を指摘した。さらに小林氏は行政分野のし尿処理やゴミ処理などで採用されている複数の自治体が共同でサービスを提供する「広域事務組合」の実例を紹介し、そのモデルが芸術文化の領域にも応用可能なのではないかと提示した。
小林真理氏
連続講座の総括を務める熊倉は、フィールドワークの成果報告に共通する「新しい文化政策」のキーワードとして「流動性」をあげた。熊倉は、若手のアーティストたちが、ひと所にとどまらず、行政区を軽々と越境して行き来している生態を振り返りつつ、その地域の行政が「活動させてくれる」ことに魅力を感じた彼ら日本版クリエイティブ・クラスが、ひと時でも生活拠点と活動拠点を一体化させて、そこに住みながら表現活動をおこなうことによって、その影響が地域に滲みだすこと、今後の文化政策では、そのアーティストたちの流動的な活動をひとつの「強み」とみなして資産に変えていくことによって、新しい地域価値形成が可能となるのではないか、と語った。
熊倉純子
また、2020年度の「Meeting アラスミ!」を締めくくる公開シンポジウム(2021年2月23日)に受講生として参加した行政職員からも「他区の文化行政を知ることによって刺激を受けた」「行政職員とアーティストの接点がほとんどない自区の状況を見直すきっかけとなった」「フィールドワークで出会ったアーティストと今後も関わりを維持していきたい」など、フィールドワークの成果について感想が寄せられている。
「登壇者3名の発言を受けて」
吉本氏の述べる「文化生態系」を形作る諸活動にどのような支援が必要なのか、現場の声に耳を傾け、行政の手法を柔軟に組み合わせて、最良の施策を考えることが肝要であろう。即ち助成金、委託事業、研修やネットワーキングの機会など、効果的な芸術文化支援のメニュー(政策)を当事者と共に考え、共有し、各地域の実情に合わせた実践に落とし込んでいくのがこの講座のひとつの目標であろうと感じた。また、小林氏の「広域事務組合」のモデルを参考にしたらどうかという提案は、2021度において本事業が目指す「アラスミ・アーツカウンシル(仮称)」構築の具体的な構想モデルとして重要な視座となった。また、吉本氏の提示した「アートプロジェクト・コミッション」は、まさに、次年度以降に探っていきたいと考えている「広域連携型」の「アラスミ・アーツカウンシル*」の役割の1つであろう。
*本講座の成果を持続可能な形態に落とし込んだものとして構想中。東京藝術大学が中核となり、隅田川流域における文化政策の研究を基本に、ナレッジの蓄積や助成審査の補助、パイロット事業の企画運営などを行う組織を想定している。
森隆一郎