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Meeting アラスミ!3年間を振り返って

Meeting アラスミ!理論編 ディレクター
東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科特任助教

森隆一郎

◎なぜ文化政策の広域連携が必要と考えているのか

川筋に文化・文明が芽生えるのは、太古から変わらない。そして、東京の街もまた同様だ。隅田川はその流域に生活を生み、多様な文化的な取り組みが営まれてきた。それは地域の暮らしぶりやなりわいと共にあり、長い年月をかけて育まれてきたものだ。東京のいわゆる下町文化と呼ばれるそれは、都心が西へと移っていく中で、どちらかというとノスタルジックな文化を指すようなイメージがついている。しかし、今、隅田川沿いの日常を文化的な観点から眺めてみると、いわゆるノスタルジックさとは異なる新たな文化の芽生えに気がつく。例えば、墨田区の向島エリアの古い長屋や、倉庫にアーティストがアトリエを構えていたり、台東区の蔵前地区にゲストハウスや小ぶりで素敵な店が集まり、それを訪ねる観光客を目にしたり、足立区では千住の街に、地域を巻き込むようなアートプロジェクトや先端の表現に触れられるアートセンターができていたりするようなことだ。

このように、東京の東部においては、隅田川の周辺に新たな文化が育まれつつあり、かつての下町文化を包摂しつつ、地域の文化的な印象を更新していると言えるのではないか。

それらの活動は、なぜこの地域で生まれ、育まれようとしているのか。そして、そういう事象は地域の暮らしにどのように影響するのか。地域住民はそれらをいかに理解し地域の誇りに高められるのか。行政区は、人の生活圏とは異なるから当然な話ではあるが、このような事象は区をまたいで立ち現れている。これらの総合的な事象を行政として支援する必要や意味はあるか。

東京藝術大学が、これらの事象をリサーチし、その価値や可能性について整理・顕在化し、社会的に応援する理由を明らかにしていくことで、利便性や経済的な価値だけによらない地域の新たな価値を探ることにつながらないだろうか。生活圏と共にある地域の文化的特色を明らかにしていくことで、住み続ける誇りや価値を地域住民に還元していくことができないか。そこでは、広域的な文化政策が求められるのではないだろうか。そのような意図をもって「Meeting アラスミ!」(以下、アラスミ)に取り組んできた。

 

◎下地としての文化芸術基本法と文化芸術推進基本計画

そもそもこのプロジェクトが生まれたのは、国の文化芸術基本法改正において、新たに文化芸術が社会で多様な領域をつなぐことが求められると明記され、それを有効にするための一つの手段として「地域の文化芸術を推進するプラットフォーム」が必要であるとされているものの、具体的なアクションに乏しかったことから、実際に手を動かしてそのプラットフォーム形成を試みようとしたことがきっかけだ。

そして、東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科が立地する足立区と、芸術文化支援制度を運用する台東区、隅田川と葛飾北斎をテーマに公募と主催によるアートプロジェクトを展開する墨田区の3区の文化行政担当者に参加をお願いして、多領域に広がる文化政策を共に学ぶことから始めた。

アラスミの全体を把握するために、まずは各年度の取り組みを振り返ってみたい。

 

◎1年目の内容と成果

多様な領域に広がる文化政策

1年目のアラスミでは、多領域に広がる文化政策を学ぶため、東京大学大学院人文社会系研究科教授の小林真里氏、九州大学大学院芸術工学研究院助教の長津結一郎氏、那覇市若狭公民館館長の宮城潤氏、福島県いわき市地域包括ケア課の猪狩僚氏、秋田公立美術大学教授/NPO法人アーツセンターあきた理事長で美術家の藤浩志氏の5名が登壇している。

初回はシンポジウムを実施し、小林氏と長津氏が登壇。小林氏は、様々な自治体での文化政策立案について紹介した。特に、東京都小金井市では、市民協働型の条例づくりと仲間を見つけるためのワークショップの実施から市民同士の実践を促し、活動がNPO化したという。この市民自治的な取り組みには大きな刺激を受けた。長津氏は、社会包摂とはマジョリティ社会にマイノリティを包摂するのではなく、一人ひとりの多様性を尊重する(包摂する)ことが重要だと指摘。身体的に現場に出合うこと、気づきを自らの言葉にすること、自分の現場に活かしていくことを共有し、社会包摂に関わる芸術活動が生み出すものについて、創造・鑑賞・人材育成・発表・交流の視点から整理した。 いずれも「連続講座 Vol.1」

若狭公民館の宮城潤氏(連続講座 Vol.2)は、公民館の機能を「つどう・まなぶ・つなぐ」と整理し、アートプロジェクトなどでプロセスを重視するアーティストたちとの協働により、新たな公民館像を模索していて、それらの取り組みの一端も紹介。

いわき市の地域包括ケア担当(当時)として、人の「死」や健康問題、高齢者の生き方に正面から向き合う猪狩僚氏(連続講座 Vol.3)は「igoku」というプロジェクトでアートやクリエイティブがもたらすポジティブなイメージと高齢者福祉を掛け合わせ、参加者が様々な体験を通じて、家族で話し合う機会としたり、社会の様々な層の方々が、独自に考える機会を作り出そうとしたりしていることを紹介した。

大学内にNPOアーツセンターあきたを設立した藤浩志氏(連続講座 Vol.4)は、アーツセンターの役割とは、今はまだ価値がないものから新しいものを生み出していくための仕組みにあるのではないかと指摘。地域の中で自由に動き、接点や広がりをつくっていく組織があることによる地域の可能性を論じた。

また、連続講座中と最終回のシンポジウムの2回にわたり3区が文化政策で取り組んでいることを互いに紹介し合った(連続講座 Vol.5)。各回、一般参加の受講生に加え本学の学生も参加し、講義後には小グループで車座になり、感想や意見を語り合い、最後にグループごとの発表を行い、知見を共有した。

最終回にもシンポジウムを行い、再び小林真里氏、長津結一郎氏が登壇したほか、足立・墨田・台東各区の文化行政担当者、アラスミ理論編・実践編の各担当者がそれぞれの発表とディスカッションを行った。会場にも各区で実践を行う方々が集い活発な意見がでたが、これは行政の枠を越えて地域の文化について考える土壌を実現した場であったとも言えるだろう。

 

一般受講生や学生、行政職員が混ざり合うディスカッションの様子

 

◎2年目の内容と成果

2年目となる2020年度は連続講座と並列で、地域の文化状況をより積極的に学ぶために、フィールドワークを実践した。

講座には、LIFULL HOME’S総研の島原万丈氏(連続講座 Vol.6)より「官能都市」と「寛容社会」という二つのレポートを紹介いただき、都市の価値形成において文化政策が大きく影響するという感触を得た。アーティスト・イン・レジデンスに取り組む施設「城崎国際アートセンター」ディレクターの吉田雄一郎氏(連続講座 Vol.7)は、アーティストの滞在を起点に展開しはじめた文化政策について、多様な可能性を考える上で材料に富む講義を展開した。

理論編を担当する筆者は、2020年度の本講座最後の公開シンポジウムで、経済的・政治的な理由もあって引かれた行政の境界を、隅田川文化圏という視点から一旦あやふやにしつつ、自治体の文化政策が相互に影響し高め合う状況を作れないだろうかと問題提起し、大学は、そのつなぎ手となり、知見を蓄積し、評価し、フィードバックしていくような役割を担えるのではないだろうかと問いかけた。そんな「地域価値向上に寄与する攻めの文化政策」を担う組織として「アラスミ・アーツカウンシル(仮称)」の構想を練ってみたいと提案した。

シンポジウムにおけるフィールドワークの発表では総評者のニッセイ基礎研究所・吉本光宏氏に各グループ発表へのレビューをお願いした。本講座統括の熊倉純子は「新しい文化政策」のキーワードとして「流動性」をあげ、昨年に引き続き登壇をお願いした東京大学の小林真里氏は「アラスミ・アーツカウンシル(仮称)」が行政区また官民の垣根を越えて、流動的に柔軟に中間支援組織として行政と関わることで実現される展望と課題を指摘している。「2020年度フィールドワーク」

2年目の成果としては、地域の多様な実線を見聞し、多様な領域へと越境する広域圏の文化活動を包括的に支援するようなプラットフォームとしての地域の文化圏におけるアーツカウンシルが必要ではないかという考えに至った点が挙げられよう。

 

ハイブリッド形式で行われたフィールドワーク発表の様子

 

◎3年目の内容と成果

最終年度となった2021年度のアラスミではアーツカウンシルを実際に構想するグループワークを実践。前年度のシンポジウムで提示した、自治体の広域連携と大学の機能を掛け合わせ、地域で文化芸術のプラットフォームとなる「アラスミ・アーツカウンシル」について、座学によりさらなる知見を深めつつ、グループワークにより学生たちが「アラスミ・アーツカウンシル」構想を考えていった。

同志社大学教授の太下義之氏(連続講座 Vol.8)は、アーツカウンシルの議論で頻繁に引き合いに出される「アームズレングス」(行政とアーツカウンシルとの一定の距離)の距離感についてのジレンマを指摘。アーツカウンシルは、あくまでも文化芸術の発展や基盤づくりのきっかけであり、アーツカウンシル自体が不断に自己変革を行うことの必要性を説いた。

また、広域行政事務組合が運営する宮城県の仙南芸術文化センター(えずこホール)元館長の水戸雅彦氏(連続講座 Vol.9)からは広域行政事務組合による運営のメリット・デメリットなど運営の実際を学んだ。

そして、大学がアーツカウンシルとして活動している事例として、愛媛県の松山ブンカ・ラボからディレクターの戸舘正史氏(連続講座 Vol.10)が登壇し、その仕組みや取り組みを学んだ。戸舘氏は、行政の政策として取り組む際、制度からこぼれ落ちてしまう対象へも眼差しをもち、行政や資金にとらわれない柔軟な中間支援について考えることの大切さにも言及している。

アラスミの総括となった公開シンポジウムでは、初年度からゲスト講師として本講座に携わる東京大学大学院人文社会系研究科教授の小林真里氏、2年目のフィールドワークから総評者を務めるニッセイ基礎研究所・吉本光宏氏がパネラーとして登場。

「2021年度グループワーク」については3グループが公開シンポジウムでそれぞれの「アラスミ・アーツカウンシル」構想を発表し、小林氏からも、吉本氏からも共通して、芸大生ならではの視点から出てきたプランだという感想があった。合わせて吉本氏からは、日本でのアーツカウンシル導入について、「3つのボタンの掛け違い」があり、アーツカウンシルを巡る概念的な混乱があると指摘した。

(1)国のアーツカウンシルについて、本来は助成プログラムの立案が重要なのだが、審査や評価の機能を強化するという方向になってしまった点

(2)事業型のアーツカウンシルが登場した点

(3)地域アーツカウンシルの多くが、芸術そのものよりも芸術と他の領域をつなぐようなことに重点が置かれている点

今回の学生たちのプランはその混乱にさらに拍車をかけるとしつつも、それは、75年前のイギリスで立ち上がったアーツカウンシルの考え方を更新するポジティブな混乱になるだろうと語った。これは筆者の持論だが、何か新しいことが起こるときには必ず混乱があるはずで、すんなり始まるものごとには、大事な強度が欠けるのではないかと、経験則的に考えている。

また、シンポジウム中と終了後には、アラスミ3年間を経た次の展開に向け、上記メンバーによる「未来へ結ぶ座談会」を行い、アラスミの先にあるべき取り組みについて語り合った。社会の変化は思わぬ所から起こるものだが、芸術文化の支援が発端になって、地域のクオリティ・オブ・ライフが向上し、ずっと暮らしたい街として、この地域が見直されていくことを想像できる座談会だったと思う。

 

コーチや行政職員と意見交換をするグループワークの様子

 

◎この講座を通じて実現できたこと、今後の課題
〜アラスミ・エリアの文化・芸術の状況把握〜

3年間のアラスミを通じて、地域から参加した方々や学生たちには、広がりを見せる文化や芸術と社会各領域との連携や連動を学ぶ機会になった。また、フィールドワークやグループワークを通じて、現場に足を運んで直に当事者に話を聞くことや、体験を通じて学ぶことの意義を感じ取ってもらえたのではないかと考える。

この講座を通じて、地域に点在する民間主導の文化的な拠点や活動が可視化され、かつそれらの緩やかなつながりも意識された。これらを地域資源と捉えると、それが地域住民の生活の質(quality of life)に影響を与えるだろうことも想像に難くない。それらを支援することが、地域自体の価値を高めていくこととなり、地域のイメージアップやシビックプライドの醸成にもつながるだろう。

これらの取り組みの一つひとつは、小さく経営基盤も脆弱なことが多い。しかし、その存在が地域の暮らしにもたらすものは、地域価値の向上であったり、地域住民のウェルビーイングへの寄与だったりと、人の暮らしの質にまつわる可能性にあふれている。これらの「効能」について、さらなる研究を続けることで、行政や企業の協力や協働につなげ、活動を持続可能にしていく必要があるだろう。

そして、アラスミ・エリアにおいてはこれらの資源(拠点や活動)は行政区をまたいで存在している。それを文化圏という視点で捉えて、地域全体の価値として連携して支援していくことを「攻めの文化政策」と呼んでみたい。

地域で文化・芸術の愛好者のために行う文化政策から、文化の担い手と地域の住み手(住民)が協働・共創する文化政策へ。そのための基礎情報の蓄積と様々な知見の交差を試みるプラットフォームとして、大学にアーツカウンシルをおくことから始めるのはどうだろうか。それがこれほど似合う街も他にはないと感じるし、何しろここは世界に冠たる文化都市東京なのだ。誰もやったことがないことにチャレンジするのなら、東京から始めてみたい。

 

◎学生の創造性、未来力

学生たちにとって、3年目に「アラスミ・アーツカウンシル」の構想を練りながら、自らがまさに必要とする支援について考えたことは、今後社会に出て、芸術や表現を世に問うていく時の試金石となったのではないだろうか。

2年目から始まったコロナ禍で、実地で学ぶ機会がとても貴重なこととなったが、様々な対策を施しつつも直に話を聞くという体験自体が中身の濃い学びにつながったのではないかとも考える。

各グループの発表も、芸大生ならではの視点によったものが多かった。実際のアーツカウンシルでも「伴走型支援」が必要と言われるが、どのグループも表現者に寄り添う姿勢が見られた。

経済的な効率化が行くところまで行き、ならばAIが便利で良いからというような社会において、画一的ではなく、人がしっかりと付き添って、支援する側もされる側も互いに成長できるような仕組みこそが、これからの社会で実は求められているということなのではないかと感じた。

 

◎未来の展望「地域のちからは人がつくる」

長引くコロナ禍で、日常から奪われつつあることの一つは、目的もない無駄話ではないだろうか。用件が済んだらシャットダウンされてしまうオンラインコミュニケーションには、その隙間を取りづらい。会議終了後に交流の時間ですと言われても、皆がいる画面上で誰にともなく無駄話をする勇気がある人もそういないだろう。

地域の豊かさには、井戸端会議や、さりげなく人と人が互いの視界に捉え合うような距離感が必要だろう。アラスミ2年目に登壇いただいた島原万丈氏はレポートSensuous City[官能都市]の結びで「街は、人びとが歩き、立ち止まり、座り、眺め、聞き、話すのに適した条件を備えていなければならない」というヤン・ゲールの文章を引いている。

支流が集まって大河を形成するように、小さな源流がなければ大きな流れは生まれない。何もないところから立ち上げたアイデアである「アラスミ・アーツカウンシル」は、地域における小さな活動の積み重ねこそが出発点だ。ただし、大河のように流れを収れんするのではなく、それぞれがそれぞれのままつながり合うことで育まれる豊かさのような状態を目指していければと考えている。今後、このアイデアがどのように展開していくのか。この運動自体が、自分も含めて、多くの人の関わりの中で育て上げられていくことを願って結びとしたい。