概説:「新しい文化政策」ことはじめ

実施日:2019年9月6日(火)

講師:熊倉純子(東京藝術大学大学院 国際芸術創造研究科長)

ゲスト講師:小林真理(東京大学大学院 人文社会系研究科 文化資源学研究専攻 教授)、長津 結一郎(九州大学大学院 芸術工学研究院 助教)

 

2019年度の講座開始にあたり、まず講師の熊倉純子が「文化庁 大学における文化芸術推進事業」の採択を受けて展開する本事業「Meetingアラスミ!(以下、アラスミ)」で先々の自治体文化政策の広域連携を模索していこうと呼びかけた。本講座は市民、NPO、行政、大学など異なる領域の協働による「新しい文化政策」の理解を目的としていることから、文化政策の考え方や近年改正された「文化芸術基本法」に触れつつ、文化庁が「文化芸術推進基本計画」に掲げた、その目標や戦略を紹介し、ゲスト講師2名につなげた。

 

文化庁の文化審議会の文化政策部会委員である小林真理氏は、「文化芸術推進基本計画」に掲げるプラットフォームの重要性に触れ、アラスミでの広域連携をぜひ成功させて欲しいと期待を寄せる。

小林氏が関わる都内大田区、国分寺市や小金井市など三多摩地域の文化行政について、三多摩地域は市民活動が活発で文化施設の稼働率も充分に高いとした上で、市民協働のプラットフォームで文化行政を動かしていく仕組みづくりを小金井市の事例で紹介。市民協働の条例を制定し、計画等を策定し、進行管理・評価を行うプロセスにどれだけ市民が関わり、またその必要性を理解してもらえるかを最初の条例づくりで考えたところをポイントに挙げ、行政任せにしないプラットフォームづくりの考えをある種の形にしたと説明。条例を運用する上で、計画を実施する人を探すための講座を開き、受講生と共に実行委員会をつくり、実行委員が将来的にNPOとして自律する方向性で進め、実際にNPOという形を実現した。公共心を持った市民から計画推進の実質的担い手を探し、行政には問題意識を共有できる市民の存在を理解してもらうことが非常に重要であると述べた。

 

長津結一郎氏は福岡県大野城市の芸術文化振興プランの策定に携わるほか、社会と関わる芸術活動について研究する九州大学の付属組織「ソーシャルアートラボ」(現「社会包摂デザイン・イニシアティブ」)においてはアラスミ同様「大学における文化芸術推進事業」の一環で人材育成を推進する。

長津氏は、「ソーシャルアートラボ」が福岡市文化芸術振興財団と協働して、社会包摂事業の一環として行った演劇公演や、特例認定NPO法人山村塾などと連携し、八女市を舞台に展開した市民参加型アートプロジェクトの事例を紹介。その一つとして行われた合宿型講座は、一般市民を含めた参加者たちが有機農法の田んぼに入って雑草を抜き、それをパフォーマンスにするプロセスを体験するというもの。地域と身体的に向き合うことが、芸術の担い手にも行政の担い手にも大事ではないかと長津氏は語る。

「文化芸術推進基本計画」(2018年)、「障害者による文化芸術活動の推進に関する基本的な計画」(2019年)で、「多様性」や「包摂」がより明記されるようになった。しかし、社会包摂についてはマジョリティ(多数派)の社会にマイノリティ(少数派)が入り込むことだと考える人が多い中で、どれだけマジョリティ自身が変わるかが問われているという。多様性を包摂する社会のビジョンを実現するには、意識改革が必要になると指摘。観光、まちづくり、福祉などの各分野と文化芸術の連携にも意識を変えながら取り組まなければならない。人の意識に関わり、色々な人がエンパワメントされる瞬間をつくることが包摂的な環境につながる。文化や芸術のあり方を見直し、既存の文化を色々な分野にいかすだけでなくまちの独自性を生み出すような視点が、この先の文化政策で大事になるだろうと見解を述べた。

ものづくり、仕組みづくりに大事なのは、どれだけの人がどう関わったかのプロセス。創造する過程や環境も創造的に捉えることの必要性が、この日のゲスト講師によって示された。