日本におけるアーツカウンシルの現状

実施日:2021年10月12日(火)

ゲスト講師:太下義之(文化政策研究者、同志社大学経済学部教授、国際日本文化研究センター客員教授)

報告:韓河羅(東京藝術大学大学院 国際芸術創造研究科 博士後期課程)

2021年度の「Meeting アラスミ!」理論編は、「広域連携による新しい文化政策」のあり方を模索するべく、アーツカウンシルや広域連携による文化事業、大学が担うアーツカウンシルなどをテーマに3回にわたる連続講座を実施。第1回目は、日本におけるアーツカウンシル研究の第一人者、太下義之氏が講義を行った。

アーツカウンシルとは、文化芸術振興に取り組む専門的な組織であり、アーティストや文化団体への助成、賞の授与、文化イベントの開催などを主に実施する。近年、日本でも全国各地でアーツカウンシルを設立する動きが進んでいる。アーツカウンシルを運営する際に重要とされているのが、「アームズ・レングスの原則」である。「アームズ・レングスの原則」とは、「芸術と行政が一定の距離(=腕の長さにたとえられる一定の距離)を保ち、文化団体などが経済的な援助を受けながらも、表現の自由と独立性を維持する」という原則である。世界で初めてアーツカウンシルを設立したのはイギリス(1946年)で、組織の組成に努めたのが経済学者のJ.M.ケインズであった。

太下氏は、アーツカウンシルについて3つの疑問と3つの誤解という切り口で紐解いた。まず、(1)なぜ経済学者のケインズが提唱したのか、(2)なぜ第2次世界大戦の直後に設立されたのか、(3)ケインズは一体何を提唱したのか、という3つの疑問をもとに、アーツカウンシルの設立背景と、その設立に寄与した経済学者ケインズの思想を紹介した。アーツカウンシル設立の最大の意義は、「アームズ・レングス」ではなく、中央政府が文化芸術を全面的に支援するという構造を確立したことである。その確立には、ケインズが提唱した(1)半独立的組織(semi-independent corporations)、(2)「芸術家の自由」という2つの概念が大きく影響を与えたと強調した。

次に、アーツカウンシルに関する誤解を3点指摘した。(1)ケインズが「アームズ・レングスの原則」を打ち立てたという誤解である。その用語が流布し始めたのは、ケインズ没後の1970年代後半からであり、ケインズが直接言及している記録は見当たらないと太下氏は主張した。(2)イギリスのアーツカウンシルにおいて「アームズ・レングスの原則」が順守されてきたという誤解である。イギリスのアーツカウンシルの歴史を考察すると、必ずしも政治や行政からの自由と独立性が担保されているわけではなく、結果的に政府に従属しているのが実態だという。(3)アーム(=支援者と被支援者の距離)は長ければ長いほどよいという誤解である。実際に、アームが短いと政府が文化芸術の分野に介入してしまう。ただ、長すぎると、政府がアーツカウンシルやアーティスト、文化団体の活動に関わるリアリティを失っていくことになる。太下氏はこのような状況を「独立のジレンマ」と言い表した。

最後に、日本各地で模索段階にある地域版アーツカウンシルについて概観した。今後アーツカウンシルを施行するにあたり、パイロット・プログラムといった社会実験的な取り組みの拡充、戦略的な投資としての制度設計、シンクタンク機能に改善の余地があると太下氏は期待の眼差しを向ける。アーツカウンシルの設立は、あくまでも文化芸術の発展や基盤づくりのきっかけであり、アーツカウンシル自体が不断に自己変革していくことが重要であると締めくくった。

 

《参考文献》太下義之(2017)『アーツカウンシル アームズ・レングスの現実を超えて』水曜社。